ゴジラ操演日記

5月

大涌谷シークエンス


2001年5月17日 撮影初日

 約1ヶ月半の準備を終え、クランクイン。

 ファーストカットは山中のゴジラを俯瞰で見たカット、爆撃直後で周囲には硝煙が立ちこめ地面は燃え残りの火があったりする。

 従来なら硝煙も残り火も操演の仕事だが東宝ではこれは「特効」(特殊効果)の範疇であるとされるので我々操演部の仕事は足もとのホコリと尻尾だけである。


 さて今回操演部はキング・オブ・モンスター・ゴジラに敬意を表して6人体制で望んでいる、一時的に助手を十数人使ったことはあるが常時助手5人というのは始めてだ、しかもうち4人はベテランで特にチーフとなる上田、セカンドの大久保は共に技師経験者である。

 技師経験者とはつまり「やりたいことを言えばどうやるかを含めてまかせておける人間である」という意味だ、普通そうとうのベテランでも振った仕事の最終チェックはかかせない、まかせきれるか(最終チェック抜きでも安心出来るか)どうかはちょっとした違いなのだろうが現場では重要だ。

 (俗に「立場が人を作る」と言う、まとまった作品を一本責任者として任せられた経験があるかないかがその小さいが決定的な何かに影響を与えているような気がする)

 結果を確認せずに済むかどうかは修羅場で大きく響いてくるだろう、そういう意味では今回のチームはかなりの戦力と言える。

 実のところ今回は全員ベテランで揃えることも可能だったのだが、一番下は下っ端扱い(?)出来るほうが現場は円滑に動くだろうということで映画は2本目という本望(ほんもう)君にわざわざ来てもらっている。

 実際ただただ走るだけ、重い物を持つだけといった仕事もあるわけで、全員ベテランでは誰に振るか考えてしまう、亀甲船の準構成員(つまりフリー)な人達も、もはやそれなりのベテラン揃いになっており、つまりはそれなりのプライドがあり、使い走りばかりもさせていられない、自分で言う事ではないが人を使うのにはそれなりの苦労があるということだ。

 さてそのようなチームであるため少なくとも尻尾とホコリなどは私が何を言わないでもOKである、というかむしろ東宝特撮の経験が長くゴジラも何度かやっているサード辻川やフォース秀平にまかせておいた方が円滑なくらいだ(私を含めて上位3人は東宝特撮の経験が無い、そもそも操演と特効の区別もついていない)

 昼過ぎに1カット終了、今日はその他に爆撃の寄りなども撮る、が、操演部は平和である、ま、初日はこのくらいが良いよね。

 メシ押しで19時終了、「食券」こと「時間外食事券」をもらって帰る。




2001年5月18日 撮影2日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 午前中は昨日の続き、美術部、操演部ともに比較的ヒマなのを利用して「氷穴」の仮組をしてみる。
 キングギドラが氷を押し割って出てくるシーンだがギドラの大首(全長1メートルほどのこのシーン専用の大きい首)がアクリル製の氷をどう押し上げるかの方法論が決まっていなかったのでテストしてみようというわけだ。

 操演部としてはかねてより準備のエアシリンダーを組んでみたのだが、上げ下げ以前にどうにもこうにもカメラフレームに納まらないことがわかって割れ氷のセッティングを全面的に変えることになってしまった。

 ギドラか氷かどちらか先行で製作しそれに合わせて残りを作ればいいのだろうが、製作期間が短いこともあって、それぞれが見込みで同時進行するしかなかったこれは弊害といえる、かくいう操演部もエアシリンダーは無駄になりそうな感じだ、手動で大首を持ち上げるだけで全然OKなのである、まあ新たにエアシリンダーを買い込んだわけではないので大損というほどではないが1人工くらいの作業時間が無駄になったろう。

 午後3時、ゴジラの大足による「民宿の踏みつぶし」に入る、これがいきなりの大操演カットだ、一抱えもある巨大なゴジラ足(足首とふくらはぎのみ)でミニチュアを踏みつぶすのである。

 普通は・・というか特撮で「普通は」とか「今までは」とか言っていてはいかんのであるがまあ常識的にはこの大足をなにがしかのガイドに沿って上から落としミニチュアを破壊するところであるが、神谷特撮監督が「よくあるドシンと落ちてきてそのあと微動だにしないのってヤなんですよね」と言うので足首が曲がるような仕掛けをした。

 この足を縦方向-水平方向に組み合わせた2軸の「モノレール」に取り付ける、まずは縦方向のモノレールで大足をすべり落として民宿を踏みつぶす、次に水平方向のモノレールで足を前に押し出す、足の裏は地面に着いていて動かないのでかかとが曲がる(踏み込んだように見える)適当な所で足を引き上げる、と、足首はフリーなのでまずかかとが上がりついでつま先が地面を離れる、というリアルな演技をする予定である。

 予定なのであるがまあ今日の今日まで机上の空論であったもので実際に組んで見るとあれやこれやと問題が生じそれらしい動きが出来たころには夕メシになっていた、3時間くらいあれこれやっていたわけだ。

 夕食後カメラアングルを決定するためにスチレンボードで出来たダミーの民宿を置いてみる、ここからが又操演仕事だ、実はこのカットは本編つながりになっている(※「つながり」とは本編班で撮影したものを特撮班がミニチュア等で再現することを言う)

 まずはトイレの窓から外を見てビビっている男のアップから始まる、カメラはそれを窓外から捉えているのだが、そのまま斜め上空にトラックバックしていくと古びた民宿の全景が見え、やがて屋根まで見える、と上からゴジラの大足がフレームインしてきて男もろとも民宿を踏みつぶす、ということになっているのだ。

 合成大魔王・松本肇とその手の者は本編が撮った男をトラックバックしていくミニチュアに寸分たがわず合成しなくてはならない、位置もパースもだんだん小さくなっていく加減のどれにでも狂いは許されない、このトラックバックを手動でおこなったのではマッチングがえらく大変になるのは明白である、そこでせめても等速で動いていることだけは保証できるモーションコントロールで行こうということになったのだ。

 私としては絶対に失敗しないとは保証できない(そして一回こっきりしか出来ない)ゴジラの足落としを抱えて、さらに気を使うモーションコントロールをやりたくはない、操演部全員の意識を足に集中させたいのだ、というか、私自身の意識が「どうすれば足をうまくやれるか」に大幅に裂かれているので同様に気を使うモーションコントロールに集中するのが難しいのだ。

 幸いにも優秀な助手が揃っているのでセッティングはほとんどお任せで済んだ、といってもモーションコントロールの出番があるとき私が現場に居れば少なくともオペレーターは私以外にはあり得ない(というのは私がコントロールプログラムのプログラマであり、バグをよけるのも一番慣れているからだが、ははは)

 そういうわけで1オペレータのフリをしていたのであるがいつまでたってもカメラアングルが決まらない、どうもイノビジョンという特殊なレンズにさらに45度のプリズムという特殊な機材を取り付けたため調整出来る(調整しなければならない)要素が増え、アブハチとらず的な袋小路にはまりこんでいるもののようであった。

 ・・と見るや上田がやってきて「撮影部は斜めになった移動車にカメラを水平に据えてパンでフレームを決めようとしてるんだけど、斜めの移動方向に対してカメラを平行に構えないと同じ地点を狙えないんじゃないかな」と「ささやいて」きた、他のパートの専門分野に対しては意見があっても直接口に出すな、という私の日頃の方針に沿ったものだったが、見れば確かにそうだ。

 どうしようかと思っていたら当の撮影部から「窓をずっと画面の中心に捉えていたいのだけどトラックバックするとズレていくのは何故か? どうすればアングルを決められるのか?」と聞いてきた、そこで全面的な方針の転換が早道であることを告げ、セッティングを変えてもらった、この路線変更は成功だったが微調整はやはり必要で「こんなもんでいいんじゃない?」となった時には22時30分になっていた、2日目から大残業だ。


2001年5月19日 撮影3日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 ヘッドから外したカメラをそのまま戻しただけなのに又微妙にアングルがずれているのは何故だ?

 スチロール製のダミーを使って本番の予行演習をする、カメラが回らないだけでかけ声まで全て同じだ、全員配置についたところでまず大足の安全装置をはずす「よーい、スタート」で照明部のアーク(稲光の効果)これをきっかけにしてモーションコントロール・スイッチオン、移動終了で再びアーク、ここでいったんカメラを止めフィルムスピードを変え(たつもりで)改めてスタート。
 大久保、大足を吊っているザイルを緩める、ドカン、民宿がペチャンコになる、本望、押さえている横移動車を離し秀平、縦モノレールを押す、上田、横移動モノレールをロープで引いて前進させる、辻川、ザイルを引いて大足を引き上げる、でチョン。

 うまくいったのではないかな? と思ったのだのだが神谷大監督がもっと早いスピードで足を落としたいと言う、大久保君は落ちていく足のスピードをややセーブしているのだが完全に自由落下にしてくれということだ。

 しかしやってみるとこれがえらい勢いで、それはいいのだが勢い余って地面で足が弾んでいる、これはマズイ(本物の足であればそんなことはありえない)

 ショックアブソーバーにするべく地面に砂を盛るなどの工夫してみるが、結局仕掛けてあったものの使用していなかった足首ストッパーを有効にすると弾みが出ないことがわかった。
(足首ストッパーとは足首を固定する仕掛けだ、足首が曲がる仕組みをフリーにしたままだと民宿を踏む過程でつま先が持ち上がってしまいうまく踏みつけられないのではないかと懸念されたのでこういう仕掛けを作ってあった)
 
 足首がフリーでも充分に民宿は壊せそうだということと、なにより操演部が全員出払ってしまったので使わないことにしていたのだが仕方ない、モーションコントロールカットが終了したところで私はストッパーはずしにまわることにした(今回のポジションはどれも重要で失敗したら取り返しがつかないため他のパートの手を借りるのはためらわれる)

 も一度テスト、OK! これでテストは全て終了、足を持ち上げたところでストッパーをかけ、いよいよ本番用ミニチュアがやってくる、これから後は美術部の独壇場だ。




 驚くばかりに精密にミニチュアが飾られ、いよいよ本番となった時にはすでに17時となっていた。

 数時間ほど前におこなったテスト通りに本番開始、問題はないはずだがここ一番という時に突発事故が起こり全てがぶちこわしになったりしませんように、と特撮の神様に祈ったのが良かったのかどうか予定通りに事態は推移した、よかったよかった。

 ミニチュアを全てバラし、ピントの問題で別撮りになっていた前景の木をブルーバックで撮影する、トラックバックと最終位置のFixでの2種類、同ポジ(同じカメラポジション)撮影なので夕食時刻だがメシにせず「つなぎ」(パンとかおにぎりが配られ各自適当に食べる)で撮影は進行する、結局終わったのは21時、夕食休みが無かっただけ損した気分である(!)


2001年5月19日

 日曜日なのでお休み。

 日曜日が休みと決まっているなんてのはこの仕事に就いて以来始めてのことである、さすがキングオブモンスター・ゴジラ(違うか)


2001年5月21日(月)撮影4日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 まずは先週分のラッシュ(もっともロウ・レベルな試写、現像所からあがってきたばかりのフィルムを編集などの加工なしで見る、現場スタッフの確認作業であるので関係者以外立入禁止、普通俳優にも見せない、種も仕掛けもある特撮の場合「よくわかっていない」本編関係者にも見せない方がいい場合さえある、昔、これから各種の加工が入る素材でしかない特撮ラッシュを見てああだこうだと言う本編監督がいて往生したことがあるのだ)
 
 今日から3日間は氷穴のシーン、キングギドラの首をしかるべき角度と位置に固定すると、操演部の出番はないので我々はモスラ出現の準備をする、これはオープンの特撮プールに斜め移動車を仕込むのである、操演部の助手連にはこのため前もって「水泳大会の準備」の指示が下されている、要するに水泳パンツ持ってこいということだ、かく言う私も念のため水泳パンツと着替え、水中めがねを持参しているがまあこの季節、自分で水に入るつもりはさらさらない(!)




寒空の下特撮プールで準備する操演部の精鋭(とさぼって泳いでいる男一名)




 精鋭たちの活躍で私は水に濡れることもなく、無事仕掛けは完成した。

 16時、監督以下演出部、撮影部、制作部は横浜へ実景(特撮でない本物の風景)を撮りに出発する、美術部はあさってからの大湧谷の準備に忙しそうだが操演部はとっとと帰る。

2001年5月22日(火)撮影5日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 今日も氷穴である、であるので我々は「水中上下台」の仕上げをする、これは昨日の仕掛けとは無関係で後日ゴジラをプールに沈めたり浮かばせたりするための仕掛けだ、準備期間中にほとんど完成させてあったのだが肝心のゴジラが乗る部分であるエキスパンド・メタル(要するに金アミだ)が届いておらず中途で放置してあったものだ。

 今日も実景撮影がある予定だったのだが午後から雨もよいになり中止、操演部の出番のないまま撮影はセットで続行、19時終了。


2001年5月23日(水)撮影6日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 今日から大湧谷の準備・・の筈だったが朝来てみると現場にはまったりとした空気が流れていて監督はもちろん演出部が誰もいない、カメラマンも居ない、しばらく様子を眺めていたが何も事が起こらないのでチーフ助監督を呼びだしてみると「美術部、照明部とももう少し時間が必要だということなので13時から準備をする予定でした、言ってませんでしたっけ?」と言うので頭に来る、我々もいくつかの準備をやり残したまま撮影に入っていてそれならそれで出来ることはあったんだ!

 むかっ腹を押さえて午後から準備、ヘリが2機飛ぶ、1機は今回東宝9番ステージ用に新調したおニューの操演クレーン、いつも東宝ビルトの5番ステージで(ウルトラマンで)使っているものより当社比33%増しで設計してあって、単独で見て「でけー!」とか言っていたものだったがここで組み立てて見るとちっとも大きく見えない、というか「もうすこし大きくても良かったね」という案配であった、まあここはビルトの数倍の広さ(!)があるんで当然なのだが。

 ヘリのもう一機はセットのど真ん中でこれはいかなるクレーンでも届きようはないので照明用の足場にモーター駆動の回転機を付けそれで飛ばすことにする。

 本当は今日の夜、おととい準備した「モスラの出現」を撮影する予定であったのだが天候不良で中止になる、全体作業は17時で終了、とっとと帰る。


2001年5月24日(木)撮影7日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 大湧谷の撮影、ゴジラ・バラゴンの2ショット、ゴジラの寄り、地面にもぐるバラゴンなど。

 地面にもぐるバラゴンが掻き出す土ボコリは今までなら全て操演扱いであったものが、火薬で飛ばす土くれは「特効」、セメントをエアーで送って作るホコリは「操演」扱いとなりマッチングが難しい。

 モスラの出現はスライド登板で今日の予定に入っていたのだが今日も雨で中止、22時終了。

2001年5月25日(金)撮影8日目

 9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 バラゴンが地下を走る(?)ことによって地表に土ボコリが立ち、それが移動してゆく。

 例によって操演、特効の合わせ技である、操演部はモノレールにホコリ出し機・通称「トーマス君」(塩ビのパイプで作った仕掛けだが、ずんぐりとしたたたずまいが「機関車トーマス」に似ているのでこう命名された)をくくりつけまさしく煙を吐くようにホコリを吐き出させ移動させる、特効は要所、要所で土を飛ばす。

 このカットが午前中、午後もう1カット撮ったところでオープンに出る、今日こそモスラ出現である。

 精鋭たちはまたしても水泳大会モードである、明るいうちに1カット目のセットを終え水から上がって一度シャワーを浴び着替える、夜になって1カット目が回るまでは濡れずに済むはずだ。

 8時ころ準備完了、水中から斜めに浮上してくるモスラを何パターンか撮ってOK、ここで仕掛け変えである、助手達はまた水に入り斜め移動車を水平に戻す、今度は「岸に迫ってくるモスラ」なのである。

 一度移動車からモスラをはずしてみてびっくり、2つあるステーの1本の溶接が取れている、モスラは水を引っ張って(水を盛り上げるようにして)上昇してくるため相当のスピードが要求される(この水の抵抗に負けないようフォークリフトの油圧を使って引っ張っている)のだがこれは水の抵抗に負けたか、あるいはストッパーに当たった時の衝撃でいってしまったのか。

 昼間であれば水中の様子も見やすいが夜では足もとからして危うい、プールは平均1m弱の深さだがモスラの出現のため(ということはモスラが水中に隠れるため)今日は水深4mの堀り込み部分の上で作業している。

 ここは5m四方の垂直に切り立った穴だ、H鋼が渡してあり足場としてグレーチング(格子)が置いてあるのだが、仕掛けのためこのグレーチングをあちこちはずしてあるわけだ、うっかりすればその開口部に落ちかねない、やばいようなら明日に回そうと助手連には言ってあったのだが、彼らとしてももう一日「水泳大会」をやりたくはないようでヤマカンで作業を続行している(危ないってば)となればここでモスラ修理のため撮影を明日に回してくれとも言えないのでシャコマンで応急修理する。

 横移動のセットが出来たところで皆水から上がるが、いっせいにシャワー/着替えに行くと現場に人がいなくなるので一人づつである、ただでさえ肌寒い今夜、濡れて風に吹かれているとめちゃくちゃ寒そうである。
 私も助手であったことはあり、横暴な上司に憤ったこともあるので助手の無意味な酷使はしないように心がけているのだが一方それなりに(やむを得ず)悲惨な目にあったことはあるので、これもまた運命だとしか言いようはない。

 22時30分終了。


2001年5月26日(土)撮影9日目
 
9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 バランスを崩して倒れるゴジラ(どういう状況で倒れるかは秘密)を撮り、つぎは「崖下に落ちるゴジラ」バタンコと呼ばれる一種の落とし穴の上にババチンこと吉田君を乗せて落とす
 (※なぜ彼がババチンと呼ばれるようになったのかと言えば所属するAAC-アトラクティブ・アクション・クラブ-に入った途端「おまえは馬場だ」と言われた為なのだという、ババチンと我々は「未来忍者」からのつきあいで、ということはもう13年のつきあいである、今回の現場には「吉田くん」が3人居たりするのでババチンの方が話が早い)

 こういう危険の伴うアクションはアクション・コーディネーターが立ち会い、アクションチームの補助が付くのが当然、という環境で仕事をしてきたので今回「東宝にはそういうシステムはありません」と言われたのでちょっとびっくりした、ババチンは以前にも東宝特撮に出ていたはずだがそのときはどうだったのか?と聞くと「そういえば一人で現場に来てましたね」という話である、それじゃダメだ。

 まずは危ない、そもそもどういう状態は危なくて、でもこうしておけば危なくない、というような判断は専門家でないと出来ない。
 また「さほど危なくない撮影」であったとしてももしアクションがうまくいかなかったとき、たとえば「飛び降り」がまずくいったとして、それはイントレ(俯瞰台)の上から飛んだ方がいいのか、ミニトランポリンを踏んだほうがいいのか、助走はいるのか、はたまた吊らなきゃダメなのかは専門家が見なけりゃわからないのだ・・・ということを打ち合わせ当初から力説していた甲斐あってか今度のゴジラにはAACがアクション補助に付いてくれることになった、指示するのは監督だが実際に役者を危ない目に合わせるのは我々なのでこれでいくぶんかは安心出来る。

 マットを敷いて何度かテスト、安全策の甲斐もあってなんということもなくOKとなった。

 次は腕に噛みついているバラゴンをゴジラが地面にたたきつけるカット、バラゴンの着ぐるみは人無しにしてアンコを入れ噛みついている風にゴジラの左腕に縛り付ける、これを奥から歩いてきたババチンがえいやと地面に叩きつけるのである、ババチン一人の力では無理なのでバラゴンは上から吊ってある、当初は重量を支えてあげれば叩きつける動きは出来ると思われたが、クオーター気味に振り下ろしたい、叩き付けたあとは体を回して横に振り抜きたいなどという監督の細かい演出でだんだんピアノ線が増える。

 何度となくテストを繰り返すが監督の思うような動きにならない、斜めに振り下ろしたバラゴンを横に振り抜く動きへ変換するのが非常に難しいのだ、監督は「柔道で投げたあと相手を腕で引き戻す動きですよ」と言うのだが相手の胴着を手でつかんでいる柔道と着ぐるみの腕に縛ってある着ぐるみ相手では体のさばきに差がありすぎる、操演部的にはこれ以上は無理なんですがと言っても頑じてくれない。

 アニメ出身のH口監督は一度頭に良いイメージを描いてしまうと物理的に無理なんですが、と言ってもなかなかあきらめてくれず往生することがあったのだが今日の神谷監督はまるでH口監督が降りたように粘る。

 結局このままでは「送り」になってしまうということで、23時10分まえで中断、続きは月曜日ということになった、ここで帰れば問題無かったのだがビデオモニターの前でうなっている監督を無視して帰るわけにはいかない、着ぐるみから出てきたババチンと3人で検討会を開いているうちに23時を回ってしまった、電車がなくなるからこれで! とスタジオを飛び出したのはいいが結局家の一つ手前で電車がなくなってしまいましたとさ。


2001年5月27日(日)

 日曜日は市場にはでかけません。


2001年5月28日(月)撮影10日目
 
9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 まずは先週までのラッシュを見る。

 ついで懸案のバラゴン叩きつけに再チャレンジ、ババチン・操演部ともに気合いを入れ直して本番に臨む。
 二晩過ぎて監督の憑き物が落ちたのか、あきらめて譲ってくれたのかはわからないが意外にあっさりOKが出た。

 次はモニター出し(本編撮影時にTVモニターに映っている映像をVTR等から出力すること)用の素材撮り。

 ヘリショット(ヘリコプターから撮った映像です、そんなことくらいわかるって?)によるバラゴンの俯瞰である、操演部的にはすることと言えばホコリくらいで楽勝だが美術部は大変である、というのは横からのショットでは、手前に山とかビルとかを置いて奥の床を見切って(死角に置いて)しまうのが普通なのだが俯瞰になるとそれが全部見えてくるからだ。

 カメラから見ると緻密に飾られているセットも上から見るとむき出しの床とか山のつっかえ棒とかのバレだらけなものなのだ。
 かつての東宝方式だとたとえば9番ステージ全体に新宿副都心をきっちり飾ってしまい「どっからでもかかってらっしゃい」という撮り方をする、これはわかりやすいし、いかにも特撮セットらしくて見栄えは良い、しかしこれには致命的な制約がある、ホリゾントの高さは一定なのでホリゾントから離れれば離れるほどカメラの仰角がとれなくなるということだ、低いカメラポジションからゴジラを仰ぎ見て巨大感を出そうとしてもセット中央部では天井がバレてしまうので不可能なのだ。
 
 「パーマネントなセットを組んでしまうとあおり(仰角の大きい)の絵はホリ近くでしか撮れなくなる」あおりが命の特撮にとってこれは致命的な制約である。

 そこであおりたい時はホリゾントの近くで、広がりを出したい時はセット中央でとそのたんびにセットを組み直したのがガメラである、理想的な方法だが一日2カットしか回らなかったという伝説を生んだ超スローな撮影はこれが原因だ、さて今回のスタッフはほぼガメラ出身者で固めてある、そのつもりでスタッフを編成したのだから当然なのだが、そのため今回の飾りもガメラ方式になってしまった、「しまった」と書いたのはその予定ではなかったからで何故その予定ではなかったのかと言えば一日7カット程度を回さなくてはスケジュールに間に合わないからで、でもまあ「なってしまった」のだ、このスタッフが妥協せず撮ろうとすればこれはどうしたってそうなる、そのため一日3~4カットしか回っておらずこのままでは先々エライことになるのだがそれは今回の趣旨ではないので省くが、まあともかくそういうことだ(って何まとめてんだか)

 さてそのためセットはその時その時で見える分しか飾っていない、見えないところを飾るのはこの方式では無駄だしせめてもの時間稼ぎにはなる、ところが俯瞰だとそうはいかない、これはエライことなのだ、だから「俯瞰」と聞いただけで美術部はどっと疲れる。

 とはいえエライことなのは美術部だけで操演部は楽勝だ・・ってことはさっきも言ったと思うがそういうことなのでこの時間を利用して操演部はプールの仕掛けをバラす、何度も濡れたくはないので先週本番当日のうちにバラそうと思っていたのだが、ラッシュを見て監督OKが出るまで待ってくれとチーフ助監督から言われていたので、今日まで待っていたのだった。

 幸いにも今日は晴れて暑く、バラシだけなので全員が濡れる必要もなく悲惨なことにはならなくて良かった、まあ水泳大会はまだ何度かあるのだけれど。

 俯瞰が終わったのは午後3時、次がバラゴンジャンプである。

 これは高台からバラゴンがゴジラの向かってジャンプ攻撃するカットである(ジャンプ攻撃は「フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン」から続くバラゴンの持ちネタだ)

 スタントというほどのことでもないが、慣れているほうがいいだろうということでアクション用バラゴンの中にAACの佐々木が入る、バラゴンはゴジラとのサイズの違い(設定では1/3)を強調するため太田理愛という小柄な女性が入っている、このためアップ用スーツはまずたいていの男には着られないのだがアクション用バラゴンは吹き替え可能なように若干大きく作ってあるのだ。

 はっきり言って怪獣を吊ってジャンプさせるなどいうのはウルトラの長い我々には朝飯前なのでなんということもなく準備は終わる。

 3回ほど回してOK、ここで夕メシである。

 メシ後は噛みついたバラゴンを振り回すゴジラ、人無しのバラゴンをゴジラの腕に縛り付けピアノ線一本で吊ってあとはババチンが力まかせに振り回す、頑張れババチン。

 21時終了。

2001年5月29日(火)撮影11日目
 
9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

さて今回のゴジラの首はラジコンでいろいろな芝居が出来るようになっている、アップ用のスーツなどは「口パク」「目ギョロ」はもちろん首を上下左右に振ることが出来、眉をひそめたり、上唇を持ち上げて歯をむき出したりもする(でもその分重い)

 ところが昨日遅くこの首メカが故障してしまった、上を向こうとするとガガガといういやな音がして止まってしまうのだ、昨日はだましだまし撮っていたがこれは本格的に直そうということになり、本来の予定であった「バラゴンを蹴りつけるゴジラ」は後回しになった、代わりにアップ用スーツでしがみついているバラゴンの寄りを撮ることになる。

 寄りを何カットか、さらに力尽きて振りほどかれるバラゴンなどを撮る、午後遅くになりメカが直ってきたところでゴジラの尻尾攻撃を撮る、まあ尻尾ででバラゴンをビタンビタンと叩くのだがこれまた操演部とババチンの呼吸の合いかたが勝負となる。
 
 こうなってくると長いつきあいでお互い遠慮なく物が言える関係であることが有り難い、始めての顔合わせで遠慮しあっているようでは絶対うまくいかないだろう。

 21時終了。
 

2001年5月30日(水)撮影12日目
 
9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

崖下のゴジラと対峙する崖上のバラゴン、報道ヘリが飛んでいるのでこれが操演部の主なお仕事。

 午後から昨日撮れなかった「バラゴンを蹴りつけるゴジラ」またまた俯瞰で美術部は大忙し、これが夕メシ前にやっと回る、メシ後は「更に蹴り飛ばされるバラゴン」

 蹴るといっても本当に蹴るわけでなく、蹴り飛ばされるといっても本当に飛ばされているわけではない、だから太田理愛は着ぐるみを着て飛ばなくてはならない、それも蹴られたように。

 役者、美術の大変なわりには操演部の楽な一日であった。

 21時終了。

2001年5月31日(木)撮影13日目
 
9時開始東宝スタジオ9番ステージ。

 尻尾攻撃に耐えるバラゴンの寄りなど数カット、本編モニター出し用画像1カット。

 ホコリとたまに尻尾を吊るくらい、今日も楽な一日でした、こんな日が続くといいなあ・・・て、それじゃ映画がつまんなくなるてば。

 21時30分終了。